皆さまこんばんは。相変わらず、最低限の仕事以外は、ほぼ外に出ない生活を送っています。
おかげさまで、ほんの少しずつですが、調子が戻っている気がします。
昨日は、保護猫ふみの2度目のワクチンでした。
通院の様子を撮りそびれてしまったのですが、無事に終わってホッとしています。
あとは、不妊手術をそろそろ考え出す頃ですね。
オトナへの階段を、一段ずつのぼっているふみです♡
事情があって、たまにお泊りに来ているマーくんと並んでパチッ♪
ちゃみも元気にしていますよ。
お腹を出しながらお昼寝をする無防備な姿が好きです。
たぶん、これ、外ならやりませんものね。
家猫を満喫してくれているのかな? なら、うれしいなあ^^
私は日々、さぶのことを考えています。
さぶにとても会いたいです。
闘病で痩せてしまったけれど、ハンサムですよね。
写真は今年の6月、7月あたりのもの
亡くなる3~4か月前のものですね。
さぶは、「慢性腎不全」と「膿胸」と、命に関わるものではないけれど、「目の病気」とも闘っていました。保護してから10年以上、絶えず闘病していたさぶが瞼に浮かびます。
がんばったね。そして、本当にさぶはやさしいね。
今は、痛みも苦しみも忘れて爆睡しているかな?
ブラッシングの日課が恋しいです。
さぶの闘病の思い出は、またの機会に書かせてくださいね。
ネガティブな気持ちではなく、ある意味理想的で、感謝の最期が送れたことを、皆さまにお伝えしたいのです。私の心の整理がついたら、ぜひ皆さま、聞いてくださいね。
私はときどき、ふと、むなしい気持ちになることがあります。
自分の半生って、いったいなんだったんだろう? と。
保護譲渡活動で味わう、ご縁を結んだときの達成感や、愛しいお子たちに囲まれ、満たされているはずなのに、どうしてでしょうね? きっと、「(闘病の末に)お子たちとの死別」や「譲渡の別れ」の連続が、自分を萎ませているのかもしれません。一生けんめい、一生けんめいに取り組んでも、結局、(思い出以外は)なにも残っていない。空っぽで、歳ばかり食ってしまった、みたいな?
私のやってきた微々たる取り組みは、事実として、実績として、この世の片隅に残っているはずなのに、まるでそれを実感しない自分がいます。橋の建設に携わった人なら、橋が残る、絵を描く人なら、絵が残る、では、私は? 私は、なにに、命を燃やしてきたのか?
それは今、どこにあるのか?
うまく言えないのですが、全部、泡のように消えてしまう感覚がするのです。
しかし、本日の午後の一本の電話で、私は自分のつづけてきたことの意味を知りました。
私ががむしゃらに繋げてきたものの中に、自分がしっかりと抱かれ、繋がっていたことに。
そのお話も、近いうちにできたらと思います。
LOVE
ペットシッター「にくきゅうのおせわ屋」をはじめました
お留守番をがんばるかわいい家族が「お帰り!」と目を輝かせて出迎えてくれるよう、安心・安全に最優先で心を込めてお世話します。
足立区・荒川区・文京区を中心に活動してますが地域のご相談やお世話内容など、
⇒足立区のペットシッター にくきゅうのおせわ屋をご覧ください!