ちゃんと伝えたい


今睡眠薬を飲んだので最後まで書けるかはわかりません。

 

 

もしかすると恥ずかしくなってあとで消去してしまうかもしれません。

 

 

近ごろの私の「行動こそがすべて」の鼻息荒い発言について捕捉させていただきます。私の考える行動は、「誰もが保護活動をするべき!」というものではありません。啓蒙活動、TNR、今はやらなくてもいつか街で困っている犬猫に出会ったら保護するぞ! の意気込み、署名、保護動物の運搬、支援、なんでも含んでいます。「なにもしません」と言われるのが悲しいだけで、小さな行動だとしてもなにかをできる人が増えればいいなあと勝手に考えてきました。

 

0+0=0

 

ですが

 

仮に1の足し算までいかなかったとしても

 

0.1+0.1=0.2になります。

 

0と0.2なら0.2のほうが大きい。そういうことです。

 

 

中でも私は「里親になること」こそが、最大の保護活動だと思っています。

 

 

聞いてください。私は保護した子が我が家の保護犬保護猫でいる間はその子の面倒を見ます。責任を取ります。家族として一緒に暮らしています。

 

 

けれどそれは永続しません。

 

 

譲渡すると決めた時点で、私が背負った責任は里親さんにうつるのです。

 

 

その保護動物の放つ酸いも甘いも、健康も病気も、明も暗も里親さんにバトンタッチ。私はそのときはじめていい意味で責任逃れができると申しますか、重い荷物を肩から降ろすことができるのです。

 

 

重い荷物が降りるからこそ、次の荷物を背負う余裕が生まれます。

 

 

保護動物を邪魔者扱いしている書き方に聞こえたらごめんなさい。

 

 

そうではないのです。保護した子たちが大好きです。大好き大好き大好き。

 

 

だからこそ信頼できる方へ譲渡すると、私は天に舞い上がる心でまた次へ向かうことができるのです。これは商売ではありませんが、下品にたとえるなら「お客さまあっての店」なのです。もしだれも私の保護動物に目を向けてくださらなかったら、703号室はどうなるでしょうか? きっとあっという間に破綻します。

 

 

沈没します。

 

 

だからこそ、私とって最重要なのは「里親さんの存在」。

 

 

ウソではありません。信じてくれますよね?

 

 

里親さんあっての活動です。日々その事実を噛みしめています。

 

 

里親さん方を尊敬します。私から譲渡された子たちの「一生」の責任を負った方々です。軽んじることなど決してできません。私は家族だと思っています。

 

 

里子に出した数が多いから、里親さんのかゆい部分に手が届かず配慮が足りないだらしない保護主ではありますが、いつもいつの日も私が深く感謝していることだけはわかっていただきたいと願いこれを書いています。

 

 

里親になることこそ、受け皿を広げることこそ、この活動の要なのです。

 

 

かといって、私は同じお宅に10頭も20頭ももらってほしいとは思いません。なぜなら先住さんたちのQOLが下がるからです。だから1頭か2頭かせいぜい3頭。その子たちが命をまっとうする日まで共に生きてください。

 

それが最高の保護活動です。

 

 

私も自分より多くの数を保護している人と出会うと、自分が惨めになり、萎縮し、発言することすら恐縮をおぼえます。でも結局頭数はどうでもいいのです。

 

たとえ一頭の里親になっただけだからと言って、その人を蔑む方がいたらそれはまちがいです。私のブログを読むと耳が痛くなりますか?

 

 

アンニイさんはやっているけど、自分はまだそこまでじゃないから怒られているような? もしそうだとしたら私はこの上なく辛い。

 

 

胸が痛いよお。ぜんぜんそんな風に考えていないんだもん。

 

 

そして実際に里親になれなくても、不遇な犬猫の環境改善をする方法はあります。運転が得意な方は「運搬ボランティア」がいいですし、写真が得意な方は保護猫の写真を撮ってあげるだけでも「保護活動」になるのではないでしょうか?

 

 

私が言いたいのは「なにもしない」と決めつけないでほしいという一点のみ。

 

 

里親さんは素晴らしい。

 

 

保護主の私と同等、いえ、譲渡個体(仮に先日巣立ったほたる)で比べた場合、里親さんは私以上の「活動」をしていると思いませんか?

 

 

昔私はすごく派手な女子高生で、自分で言うのはあほくさくて尻の穴がかゆい感覚ですが、一部の年下の女の子から憧れの存在として慕われていました。

 

 

後輩たちの中でも当時いちばん美しく楽し気に生活をしていた方と5年前にあるライブ会場でふと再会したのです。彼女は開口一番「アンニイさん、元気ですか? だれかにアンニイさんが犬猫のことをやっている噂、聞きました」と。

 

 

堂々と肯定すればいいものの、かわらずゴージャスな雰囲気の彼女にバカにされるのが怖くて、私は口をごもらせてしまいました。自信を持って答えるべき部分だったので、あとで後悔したのです。私の誇りなのに。でも当の彼女は犬にも猫にも興味がない。そんな彼女がかけてくれた言葉を紹介させてください。

 

 

誰かがやらなきゃダメなことだから、その誰かがアンニイさんでもいいんじゃないですか? 正直、ちょっと意外でしたけど……誰かがやらなきゃいけないことなら、アンニイさんがやってもいいですもんね!」

 

 

それ以降私は自分を恥じなくなりました。

 

 

私のブログを読んで、勇気を得たやってみよう! と素直に頭に入る方もいれば、責められている、怒られている気がする、などと誤解をする方もいます。受け側次第なので私はなんとも言えませんが、私は自分の里親さんを愛しています。自分の里親さんが最高の活動をしてくださったおかげで私は存在しています。

 

 

703号室の里親さんの皆さまにもし1mmでも不快な思いをさせてしまったのでしたら、心をえぐって取り出してでも、ほんとうだと証明したいくらい。

 

 

里親さんの皆さまへ

 

 

ひきつづき703号室卒業生をよろしくお願いいたします。

 

 

それこそが最高の「保護活動」です。

 

 

愛と尊敬を込めて

 

 

最後まで書けた!

aafer (5)

 

 

 

消しちゃうかもだけど。

 

 

LOVE!

 

 

 

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8件のコメント

  • 保護猫の同居人

    初めまして。
    実葉ちゃんの保護の記事をTwitterで拝見して以来、静かにフォローさせていただいています。
    私は社会貢献のつもりで大人の保護猫を一頭引き取り、以来うちの子にメロメロです。

    私は直接的な保護活動はしません。けれどうちの子の保護主初め、保護活動している人たちへの寄付・寄贈はしています。大した額ではありません。
    クリスマスラッピングを施したちゅーる一袋かもしれないし、おもちゃ一つかもしれない。
    私は自分で考えて、保護動物たちが一番喜びそうなものを送ります。
    多頭飼育崩壊で構ってもらえなかった子たちはおもちゃがボロボロになるまで遊んだと聞きました。
    食欲の減ってきた地域猫たちもちゅーるには抗えないかもしれません。

    でも何より大切なことは、保護動物と暮らすことの大きな幸福を、親ばかの衣を借りて、みんなに言いふらすこと。
    犬派の私がうちの子に陥落したことで驚いた友人たちは、どうしてうちの子を引き取ったのか聞いてきます。
    大変な外での生活などを知れば、外で生活する動物たちへの目は和らぎます。
    そして、次にもし動物と暮らすなら、保護動物もいいかも、と思ってくれるかもしれない。
    そうすれば保護している人たちの活動を結果的に助けることになると思っています。

    私も祈ります。特にこの季節、キリスト教徒ではないけれど。そしてうちの子を見て、めぐり逢いに感謝します。そして、祈るのです。外でいる多くの動物に、同じようなめぐり逢いがありますように、と。

    • anny703

      保護猫の同居人さま
      遅くなってごめんなさい。ほんとうに素晴らしいコメントにうんうん頷きながら読ませていただきました。
      仰る通りですね。仰る通りだと思います。保護猫の同居人さまは大きな社会貢献をされていると思います。
      自分がまず保護成猫を引き取りめいいっぱい愛することがそもそも最高の行動ですし、それを言いふらし(笑)
      周りに波及させるのも説得力を帯びた行動、活動だと思います。いつまでたっても何もしない、里親にもならない方の祈り? より1万倍実践力を含んだ素晴らしい祈りですね。ちゅーるやおもちゃなどの支援も喜ばれてなによりです。
      私もたまにプレゼントでおもちゃや爪とぎをいただきますが、まず保護猫たちが飛びつきます。
      やっぱり喜んでくれるんですよね^^
      私もゼロより1の精神でこれからも自分で責任を取れる範囲でがんばっていきます。
      素敵なお話をしてくださり、ありがとうございました。
      感謝!

  • 匿名

    こんにちは。ずいぶん遅いタイミングですが、「“祈りと行動”と“祈りのみ”のちがいについて」の記事・コメントも含めて一連のやりとりにまとめてコメントさせてください。

    祈りというものは一歩も踏み出せない勇気をエクスキューズするものではないと私は考えています。

    何かしら行動していると、楽しいことより苦しいことが多くなってきます。
    成功しない日もあるし、こんな風に反対意見がたくさん来ることもあるし、
    種が芽吹かない日の方が多い。
    とてつもない困難だらけの世の中で、自分がつまづくこともしょっちゅうで、
    財布の底を叩いてもチリしか出てこないこともあります。

    そんな状況で、どうかこのなけなしの一歩が届きますようにというものが祈りであり、困難な中でもだれかに手を差し伸べる心を養うものであると理解しています。

    Annyさんは自分と同じことをせよ、とは一度も言っていません。
    でもブログにコメントできるぐらいの大人であれば、チャリティでワンコインだけお買い物をする、困っている人のhelpをリツイートするとか、何かはできますよね。どんなに小さくても、それは祈っているだけん状態よりなんぼかマシだと思います。

    スピリチュアルな「祈りで病気が治った!」的な話を否定はしません。昔から、でも多分「いまここ」で死にかけている猫には通じないんじゃないかな。

    祈りも行動に入れて・・・というのは困窮している猫にとっては残酷なことかな、という考えています。

    • anny703

      匿名様
      同感です。祈りは心の中で勝手にしてもらえればいいということで、わざわざ口に出すことではないですし、ましては「なにもできませんが」はぜんぜんいらないです。私は自己犠牲の精神はいっさいないので、ダンスがうまくなりたいからいっぱい踊る人、のように譲渡がうまくなりたいから努力をしている人なのです。
      譲渡活動は犠牲が多いとは限りません。私に限っては得るもののほうがずっと多かったです。
      財布が淋しいときは私にもありました。今よりもっと喘いでいた時期があったんです。
      それでも私は投資だと思ってやってきました。自分自身への投資です。投資と思えば苦じゃないです。
      行動は怯みがちになりますよね。怖い。何かを失いそうで怖い。
      でも失うばかりとは限りません。
      少なくても私はなにも失っていません。そして自分なりにおしゃれを楽しんでカフェでくつろいだりもするふつうの主婦です。
      なにをしたらいいのかわからない方の相談はできる限りのっています。
      けれど「完全なる偽善者の長い自分探し」につき合う余裕は私にはありません。
      祈りは素晴らしいです。素晴らしい行為です。だけど行動のほうがもっと素晴らしいと私は思います。
      行動の大小は関係ありません。匿名様の仰る通りです。

  • momo

    たぶん2度目のコメントです。
    愛護活動のステップ1は、自分ちの犬猫をしっかり面倒みることだと思います。これをしているだけでももう十分に立派な活動です。ステップ2として不運な犬猫に手を差し伸べること。これには濃度がいろいろあって、署名するという「1分間活動」から、全財産をなげうって愛護団体を設立するなどという途方もない活動までありますよね。そのステップを下げない、出来れば上げていく、かつ自分のステップを上げつつ、ステップ1や2に参加する人を増やすよう他に働きかける。少数の熱心な愛護家がいるよりも、ステップ1、2層が多いこと、それがその国の「動物愛護民度」を決定すると思っています。

    • anny703

      momoさま
      私も同感です。少数の熱心な愛護家がいるよりも……のところです。
      仰る通りですよね。私は垣根を取りたくて保護活動をはじめました。保護活動をつづけているうちに余計に垣根を取りたくなりました。
      大きな団体のボス的な存在にだれもがなれるわけではありません。
      みんなが猫カフェを開いてビジネスをしたいわけでもありません。
      ふつうの主婦にもできることがあるよ、的な存在で居つづけたいです。
      大きくなれない言い訳に聞こえるかな?
      でも私は本当にふつうの主婦でありつづけたいです。一部のすごい人たちがやっていることはだれもがまねできることじゃない。
      私レベルならいけるでしょう。そう思ってやってきました。
      そして実際、「アンニイさんがやれてるなら私も、と思ってはじめたんです」と声をかけてくれる方が多くて驚きました。
      自分の犬猫をかわいがり、プラスひとつなにかでもできる方が増えるといいですよね^^

  • tomoko

    おはようございます。こちらにコメントするのは2回目になります。ソイル改めメル、樹々改め麦の里親です。朝早くにすみません。
    ブログ毎回拝読しています。色々と考えさせられ、犬猫と保護活動に関わる方々についてたくさんのことを教えてもらえる私にとってはかけがえのない大切な教科書です。
    このブログを読んで、私は不快に思ったことなど一度もありません。田辺さんの信念とプライドに触れて自分をかえりみることができます。
    メルと麦はまだまだ仲良しベッタリとはいかず、お互いを追いかけ合ったり爪のない手でじゃれ合ったりを繰り返しています。そんなふたりをはらはらしながらも眺められる毎日が本当に幸せなのです。田辺さんは里親さんに感謝や救われる気持ちをおっしゃいますが、本当にこちらこそ、田辺さんに救われました。
    これまでペット不可の集合住宅に住み仕事も深夜残業続きだった私が結婚して狭いながらも家を買い、こうしてふたりの娘を迎えてこんなにも愛おしい気持ちで毎日過ごせるのはすべて田辺さんのおかげです。住宅ローンの返済さえも幸せです(笑)
    ふたりの娘が少しでも快適に過ごせる環境とは何かを常に考えできることから工夫し、今はペット保険加入を考え、5社以上から資料を取り寄せ真剣に比較検討しています。さぶくんたちを東大病院で最高と考えられる医療を受けさせている田辺さんを尊敬しているからです。私も娘たちの医療を躊躇したくありません。
    娘たちの世話や家事もろもろで毎日早朝4時半前に起きていますが、全然苦ではありません。
    どうかこれからも堂々と信念を貫く田辺さんでいてください。でも無理はなさらずに、休むことも忘れないで下さい。
    長々と脈絡も無く申し訳ありませんでした。

    • anny703

      tomokoさま
      いただいたコメントを何度も何度も拝読しました。お人柄があらわれていて本当にありがたいお言葉ばかりで恐縮します。
      そして改めてメルと麦をおふたりにお渡ししてよかったと心から感謝の気持ちでいっぱいです。
      ほんとうに猫と暮らしたかったんですよね^^
      知ってます。そして猫と暮らすための「責任」を常に考え、努力して環境を整え、えいっと飛び込んでくれたんですよね。
      慎重かつ理知的で慈悲深いご夫婦のもとで育てられるメルと麦は幸せな子たちです。
      そういう幸せな子たちを増やしていけるよう、微力ながらがんばります。
      これからも病院などでお会いする機会があると思いますがどうぞよろしくお願いします。

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