耳の後ろの毛のにおい

2014年春ごろのべべとお母さん

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チチが撮ってくれました。この日は姑ちゃんたちとごはんを食べに行く約束だったのでパジャマじゃなかったんですよね。べべは命が詰まっていてぎっしりと重かったです。

 

7キロ近くあったかも。片手で抱っこすると疲れちゃうレベル^^;

 

 

2014年春ごろのリルとお母さん

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リルにチュウの自撮りです。MOMOペットクリニックに狂犬病予防注射を受けに行く途中の車内にて。もちろんきちんとパーキングに停めて撮ってますから!

 

 

2014年ごろのナナとリル

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病気と闘いながらべべは16歳半、ナナは16歳までがんばって生きてくれました。

 

 

気づけば末娘リルも15歳のおばあちゃんです。

 

 

ナナは常にお母さんを見る女の子だったのでいつもカメラ目線。

 

 

ナナの耳の後ろの毛のにおいを嗅ぎたい衝動を抑えられません。

 

 

おでこを軽く噛みたい。チュウしたい。

 

 

べべ、ナナ、と呼んで振り向く子がもういない。悲しみが胸にこびりついてしまいました。

 

 

703号室は当初のレギュラーメンバーべべ、ナナ、猫のかつが住みやすいように未完成物件を契約し私が内装を考えたんです。間取りも家具もべべ、ナナ、かつ仕様になっているところがいっぱい。チチが今使っている寝室のベッドもそう。

 

目黒のタイムアンドスタイルの定番の形をセミオーダー。特別に脚を10㎝切ってもらったんです。

 

小型犬のべべが軽々とジャンプしてあがって来れるように。

 

この家はあの子たちの痕跡ばかり。会いたい気持ちは募るいっぽう。

 

ああしておけばよかった、こうしておけばよかった、後悔で心が押しつぶされてしまわぬよう、家族を一生けんめいかわいがりたいですね。皆さま今日はお父さんお母さんとして何点でしたか?

 

 

私は毎日80点以上をめざしています♡

 

 

LOVE

 

 

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iPhoneの中のきみたち

iPhoneに入っている写真を少しずつパソコンに保存しています。

 

 

一度撮ってしまうと満足してしまう性分で、ふだんはあまり見返しません。改めて見ると懐かしさがこみ上げますね。4年位前のMOMOペットクリニックにて

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2つのキャリーには誰が入っていたのかな? う……思い出せない。べべ公の後姿がまだまあるい。ガリガリに痩せてしまう前だったんですね。

 

 

通院は一気に数匹のときが多かったんですね。まあ、今もそうですけど。

 

 

ナナ、リル、ほほ

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ナナに触れたい。とても会いたい。ナナにありがとうを伝えたい。

 

 

ナナは私のはじめての「保護犬」。私が土手から連れ帰った宝物なんです。

 

 

4歳若かったさぶ。さぶは変化があまりわかりませんね。

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703号室に来てからずっと私をストーキングしています。

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これを撮ったのは仕事から帰ってきてすぐだったのを覚えています。

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お子たちの顔が見たくて会社で悶々と過ごしていました。顔が見れてうれしかったな。私たちはまるで数年ぶりの再会のごとく互いに喜び合ったんです。

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さぶはさっき洗面所でメイクしていた私の胸にジャンピング抱っこで飛び込んできました。

 

 

しばらくあやしていたのですが、ラブラブモードが止まりません。

 

 

甘えたかったようで地面におろしてもすぐにまたジャンピング抱っこをしてきます。延々と繰り返すばかりで支度が捗らず、別室にいたチチにさぶを渡したのですが、1秒も経たないうちにさぶが私を追ってきちゃって……はい、自慢です^^;

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これも4年前かな? チチの実家の法事の1枚

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全身黒……。首傾げてピースはご先祖さまに失礼ですね(汗)。老舗のおいしいお豆腐料理をごちそうになりました。お料理すべてがさっぱり味でおいしかったです。

 

 

時間が一気に流れて最近の703号室へ

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肌寒いこの頃、私の腕の中には猫がいる率が高いです。

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まあるも元気ですよ。

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好奇心旺盛のまある

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とりあえずどこにでも顔を出します。見てるなら洗濯もの畳むの手伝って!

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「ぼく 手が小さいからムリです」

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ふふ。夜も更けまくってきました。

 

 

今日は少しがんばったのでごほうびにゆっくりお風呂に浸かりたいと思います。

 

 

悲しみや苦しみの渦中にいる方、霧が晴れるようにお心の靄がいつか取れますように。大丈夫。息を吸って吐いて。生きていればいいんですよ。

 

 

Good night!

 

 

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オアシス

私にはずっと気がかりだったお兄さんがいました。

 

 

emi-goの病院に私の保護子猫ニコちゃんに会いに来てくれたお母さんとお兄さん。ニコちゃんを抱いたときのふたりの笑顔が忘れられません。

 

 

ニコちゃんはほかの方との縁が決まり、私はお母さんにお断りメールを書きましたが、ふたりの落胆したそぶりを想像するだけで胃がキリキリと痛んで仕方なかったです。

 

 

自分が乾いたつまらない大人になってしまったと思いました。

 

 

ドライでパサパサの心。いつからこうなったんでしょう。

 

 

しかしこの度こま吉の里親きちこさんが保護した4匹の天使たちのおかげで、私はお母さんとお兄さんの夢を叶えることができたのです。

 

 

そして1匹の子猫が、お兄さんとお母さんの掌で幸せを掴みました。

 

 

ありがとうの気持ちでいっぱいです。

 

 

きちこさんが保護した子猫たちの中にキジトラの女の子がいる!

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ニコちゃんと似ている!

 

 

私はすぐにきちこさんに連絡しキジトラの女の子を私が引き継ぐことを提案。

 

 

きょうだいたちと引き離してしまう旨も伝えたのですが、きちこさんは「一匹ずつでもいいご縁なら気にしません」と二つ返事。

 

 

横浜から菊ちゃん(仮名)をemi-goの病院に届けてくれたのです。

 

 

きちこさんが愛情を込めて育てた菊ちゃん

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風邪の治療もがんばりました。

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「もしまだ子猫が見つかっていないならぜひ会いませんか?」

 

 

私は菊ちゃんの写真を添えお母さんにメール……

 

 

私たちは会う約束を交わし、お母さんは仕事帰りにひとりで病院に来てくれたのです。

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菊ちゃんいいところをたくさん見せてくれました。

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小さいけれど、利発で素晴らしい猫さんです。

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菊ちゃん、お母さんの腕の中はあったかいでしょ?

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耳を掻いていたので検査してみたのですが、異常なしでした。

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中島先生、かなちゃん、いつもありがとう。

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きちこさんがまんまをたくさんくれたのでお腹ぽんぽこりんの菊ちゃんです。

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きょうだいを代表して採血

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ウイルス検査の月齢については中島先生とつめた話をしています。あくまでもこの時点での検査結果であることも含めて里親さんにはお伝えしています。

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ごほうびにお母さんからちゅーるをもらってご満悦

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一生けんめいちゅーるを食べる姿を眺めていたら

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鼻の奥がツンとしました。

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ああ。この子は生きるために生まれてきたんだなあ、と。

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きみたちには五感と喜怒哀楽があるんだもの。ね? タロ

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もらったおやつを隠すボボボ。8年以上河川敷で苦労してきた犬です。

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食事中は隔離されるちゃぽぽ。理由はみんなの分を奪ってしまうから(笑)。

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帰り際、お母さんは菊ちゃんを育てていきたい、うちの子にします、と仰いました。

 

 

そのときの表情がイキイキしていてとても美しかったです。

 

 

私は美しいものが見たくてこの活動をはじめたことを思い出しました。「運命は変えられる」と実証するためでもあります。私は簡単にギブアップしたくありません。

 

 

壁の向こう側にどうしても行きたいのです。

 

 

砂漠を越えればオアシスが広がっている気がするのです。

 

 

お母さんはニコニコ顔で帰っていきました。サプライズを準備するんだそうです。

 

 

後日、菊ちゃんはお輿入れの日を迎えました。

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おみやげ、きちこさんから預かった嫁入り道具、書類を持って♪

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私たちがいる場所は砂漠でしょうか? それともオアシスでしょうか?

 

 

すべては自分次第だと思いませんか?

 

 

お母さんの様子を目の当たりにして、私も潤いを感じました。

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循環しているんですね。

 

 

ならば常に前進しなくては!

 

 

菊ちゃん改めチョビちゃん♡ おめでとう!

 

 

次回はサプライズパーティに皆さまをご招待します。

 

 

LOVE IS ALL

 

 

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ソウルメイトのべべ公へ

べべ公が星になってから1年が過ぎました。

 

 

16年半いっしょに暮らしてきた私たちは、離れようがないほど密着していたのです。なのにべべだけが姿をくらまして、私の目の前から消えました。

 

 

今は目を閉じればスッとべべの肌触りがよみがえります。

 

 

しかしいつかはそれすら薄れていくのでしょうか?

 

 

重い病気と闘いきって大往生と皆さまに褒めていただけたのがせめてもの救いです。犬も猫も寿命がありますからお別れは必至です。

 

 

お別れが決まっている分、精いっぱい、これでもかというほどしつこく愛していきたいですね。

 

 

愛は毎日咲き、毎日実ります。散ったとしてもあたたかいものを多分に遺して。

 

 

べべを通じて知った世界が私には刺激的でした。

 

 

酸いも甘いも経験し、人生のスパイスと括るにはあまりにも深い場所まで来てしまった気がします。これから自分がべべをどう活かすのかはわかりません。ただ言えることは、べべの存在は相も変わらず私のエネルギーの真髄です。

 

 

私とべべは合わさりました。そう信じています。

 

 

皆さまもどうかべべを忘れないでやってください。まだ過去にはできないんです。

 

 

べべ公とお母さん。抱っこしようとするとその前にべべの方から腰を浮かせてきます。生きているときからずっと一体化していたのかもしれませんね。

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置き場所のない溢れる愛を込めてソウルメイトのべべ公へ

 

 

 

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かっちゃん

小ほほの写真に並んで小かつにも出会いました。2004年撮影

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かつの里親募集に使った「アピールフォト」。14年以上前です。

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地元のボランティアさんに保護されたとき、かつはまるでボロ雑巾でした。

 

 

里親探しを依頼された私が、かつを預かることにしたのです。

 

 

入院先の病院へかつを迎えに行った日、会社帰りの私はものすごく疲れていました。その私に院長先生がひと言。「残念ですが、その子は猫エイズです」と。

 

 

FIVキャリア(猫エイズ)という一語は、今より重い響き。現に先生も「残念ですが」と前置きしています。駆け出しの私は目の前が真っ暗になったような気がしたのです。簡単に引き受けなきゃよかった。バカなことをしてしまった。正直後悔しました。

 

 

けれど捨てちゃうわけにもいかないし、かつを連れて帰るしか選択肢はなかったんです。

 

 

私はあの手この手でかつの赤い糸を探しました。

 

 

かつは人見知りの激しい気の強い子猫で、ベタベタ甘えたりしません。

 

 

ケージから出すとすぐに隠れてしまいます。愛想も悪い。

 

 

だけどべべやナナのことははじめから信頼していたのです。

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そのうちにFIVキャリアのかつにもネットを通じて声が掛かり、かつは我が家を巣立っていきました。婿入り先はフルタイム勤務でヒーヒー喘ぐ私からしたらたいへん裕福なお宅。やさしそうな里親さんの人柄に、私はほっとしたものです。

 

 

しかし譲渡から3日目、かつがいなくなったとの知らせが来ました。

 

 

心臓が止まるかと思いました。ナナの散歩を済ませたあと、車で2時間かかる里親さん宅へ飛んでいった私。城のように広い建物の外と中を汗だくで捜索。

 

 

「かっちゃん、かっちゃん」

 

 

かつの名前を呼んでいたら、不意に涙が出て止まりませんでした。

 

 

里親さんはいい方だったのですが、温度差が私とはあまりにも開いています。家族で日常会話を交わしたり、カレーライスを笑いながら食べたり。果てには家族内で次に迎える猫を動物病院へ見に行く約束まではじめたのです。

 

 

若かった私は悔しさを抑えることができませんでした。

 

 

かつが生きていても死んでいても私が連れて帰ろうと胸に誓って探しつづけたのです。かつの居場所がその家の中に見つけられなかったから。

 

 

次の日、かつは無事に私の手元に帰ってきました。

 

 

私にべったりくっついて眠るかつを眺めながら、私は決めたんです。独身ゆえかつに多少ひもじい思いをさせるけど、かつをもうどこにもやらないと。私にとってそれは大きな決断でした。すでにべべとナナがいたもんですから。

 

 

お客さんの間で「幽霊」と呼ばれていたかつくん。でも私相手だとトイレの中まで入ってきます。自分にだけ懐くのはなんとも言えない愛おしさですね。

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703号室に泊りに来た卒業犬「コラくん」とかつ♡ 仲よしです。(2006年)

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1歳、2歳、3歳

 

 

順調に加齢していたかつを突然FIPが襲いました。FIPの診断がつくまで、私はかつにできる限りのすべてをやりました。確定的になったあとも、かつの生きる道を模索しつづけました。当時知り合ったemi-goは私の印象をこう話しています。

 

 

「田辺さんはいつも泣いてる人だなと思ってました」

 

 

FIPウエットのかつのお腹はみるみる膨らんでいきました。腹水が溜まっていくのです。抜いたり抜かなかったり、臨機応変に対応していたのですが、ついに恐れていた胸水も溜まり、最期はいちばん怖かった「肺水腫」になりました。

 

 

そして2タイプある肺水腫の中でもひどい方のくじを引いてしまったのです。

 

 

胸全体に胸水が溜まるのではなく、肺の細胞のひとつひとつに水が溜まっていく方。終盤、かつはほんとうに苦しそうで、私の脳裏にチラチラ「安楽死」がよぎったほどです。

 

 

どんなに手を尽くしても叶わないことがあると知りました。そしてずいぶん自分を責めました。

 

 

FIPは未解明の部分が多い病気ゆえ、「ストレスで発症するのではないか」と言われていたのです。自分がかつにストレスを与えていたのではないか、かつが亡くなったあとも10年以上そればかりを考えています。

 

 

11年前の酸素室。アナログですが、この時代に酸素室はめずらしいでしょ?

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周りで使っている方はいませんでした。

 

 

かつの影響で私は今もFIPという病魔に心を蝕まれています。

 

 

保護猫たちが発熱したり食欲が減るたびに、FIPに対する畏怖が蘇ってくるのです。この病名を書くことすら抵抗をおぼえます。たぶん一生克服できないです。

 

 

かつへの強い未練を持ちつづけている証拠かもしれませんね。

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たった3年しかいっしょにいられなかったけれど、かつは紛れもなく私の息子でした。

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重い病と闘ったかつのがんばりを私は死ぬまで忘れません。

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亡くなる少し前のツーショット。痩せちゃったけど色男でしょう?

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かつくんはべべとナナと同じ場所にいるかな?

 

 

かっちゃん、愛しているよ。

 

 

 

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