黄土色のねこと黄金色のねこ


はじめて会った日、ウイリアムはまだ、生後8カ月程度の子猫でした。近所のメス猫の不妊手術に躍起になっていた私が、餌をばらまく人間に猫たちの情報を聞いていた時のこと。ウイリアムはどこからともなく私の目の前に、すっと現れました。
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「あのチャトラの長い毛の子、きれいですね……」

「ああ、あれ? あれもこの三毛(当時手術予定だった猫、手術後、約1年で死亡)の子供だよ」

「性別は?」

「おそらく、オスだね。まだ生まれてから1年しないと思うけど?」

「あの子もいずれ去勢しないとダメですね……」

「あれ? あれは捕まらないよ。よらないし、とにかく、すばしっこい」

その人の言葉通り、ウイリアムは、こちらが手を伸ばすと消えてしまうどこか儚い存在だったのです。

ウイリアムを保護するまでの3年ちょっと、毎日のように見かけました。スーパー通いや犬の散歩時に、必ずと言っていいほどウイリアムは私の近くをよぎりま した。ハハ妹が名づけた「ウイリアム」の名で呼ぶと、立ち止まって振り向き、恐々と、しかしながらどこか達観したような目をこちらに向けながら去っていく のです。その姿は日常化しているのに、まるで「幻」でした。

季節が移り、町がかわり、ウイリアムを取り巻く環境も一変しました。

餌をまいていた人は、家を建て替えたのを機に、前の家の玄関付近に設置していた餌場を撤去し、それまで交流してきた猫たちを遠ざけはじめたのです。

本当のところは分かりません。
餌場を目立たない場所に移動しただけで、偏屈な私には、なくなったように見えたのかもしれません。でも、とにかく、まだババ(母)の店を知らなかったウイリアムは、新築の家が完成した頃からゴミ置き場に出没してゴミを漁るようになり、傷が増え、体毛が汚れていきました。

餌場を失うことは、すべてを失うこと。
そうだよね? ウイリアム。
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早い時間帯に見かけるウイリアムは、大概ひとりでした。

けれど、完全に孤独だったわけではないようです。

かつてウイリアムには、苦楽を共にする多くの友だちがいました。うちの1匹がババの店を発見してからは、夜な夜な、まるで不良グループのように、店の傍に ある工場の駐車場で集会を開き、新参猫にねだりに来させるのです。つかいっぱしりがくわえたごちそうを、みんなでもぐもぐ分け合う。つかいっぱしりは、全 員の腹を満たすまで、何度もやってきては、天使の鳴き声で鶏肉を要求します。私やハハ妹はそれを、“チキンソング”と呼んでいました。

ウイリアムは猫たちの中心に君臨していたようですが、無駄な争いはせず、集会後、最後に残った残飯をゆっくり堪能する無口な紳士でした。

まっくろ、いぼくろ、みけ子、美黒、はかせ……その他大勢の愛しい猫たち
(あああ! みんなの姿は私の瞼の裏に! ずっと忘れないお前たちのことを)

長い時間を経て、ウイリアムの友だちがどんどんいなくなっていきました。

ある者は外の世界に命を削られ、消耗し、果てには消滅し、
ある者は私の手によって保護され、新たな家族の元へと巣立ちました。
変わりゆく世相に戸惑いを感じながらも、
ウイリアムは、ウイリアムだけは生き続け、逃げ続けました。
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雨に打たれながら、民家の塀の上にそびえたっていた黄土色の野良猫。

常に警戒態勢で、低い姿勢のまま這うように歩いていたウイリアム。
穏やかな表情を浮かべるウイリアムを、ただの一度もみたことがありませんでした。

もはや家の周りの悲しい景色の一つとして、私の胸に刻まれつつあったウイリアム。
息も立てず、石のように動かず、あるいは風のごとく消えてしまう。

とても静かな猫で、自分の存在を消しながら生きるのが上手でした。
目立つ風貌から自分を守る処世術は、それしかなかったのでしょう。
「生」を表現しないことが、ウイリアムの「生」だった気がします。
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そのウイリアムが今、私の腕の中でのどを鳴らし、恍惚の表情を浮かべながら寝ています。まだ遠慮はあるものの、名を呼べば鳴いて返し、私が部屋を出ようとすると、人間の子供のように両腕で私の足にしがみつく。ウイリアムのこういう姿は、私を混乱させたりします。
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教えてください。
野良猫は、自由を謳歌する気楽な生き物でしょうか?
庭や畑を荒らす害獣ですか?
私たち人間と一体なにが違うっていうの?

ウイリアムは新たな世界に足を踏み入れてくれました。
ここは、ウイリアムが感じたことのない「安堵の地」です。
そしてここから、「終の棲家」に旅立つ日を目標にがんばっています。

黄金色の王子さま、うちにきてくれてありがとう。

かつくん「ウイリアム、苦労しっぱなしだったよね。

ぼくが闘病中の頃ね、ぼくが手をつけていない缶詰や猫のおやつを持って、チチとハハはよく“集会場”へ通ったんだけど、その時も、いつも他の猫さんたちにごはんを譲っていたんだよ。自分は最後に残ったものを口に運ぶ猫さんでした。

ぼくがまだ元気な頃からハハはウイリアムを知ってるんだよ。お外の頃の写真があればよかったんだけど、撮るのが辛いって言ってハハはカメラを向けてないの。保護できるとは思わなかったから、今更“撮っておけばよかった!”なんて後悔してるみたい。

これから家族探しをはじめますので、皆さまウイリアムを応援してくださいね。ペコリ。

ハハの本、それでも人を愛する犬をよろしく!

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かつくん なな

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