福多朗 1涙が乾くまで


追記:福多朗の卒業記事が遅くてごめんなさい。明日の日中までには必ずつづきを書きます。またひかるに会いに来てくださった方は福多朗の記事以降に必ず書きますのでお待ちくださいね。

福多朗を見守ってくださった皆さまへ

お待たせして申し訳ありませんでした。このたび福多朗がトライアルを経て、正式譲渡になりましたことをご報告いたします。このトライアルは、はじめから 戻ってくることのないトライアルだと感じていました。でも、先走りたくなかったのです。明日、約1カ月ぶりに福多朗に会いに行きます。とても楽しみです。

皆さまへの感謝を込め、数回にわけ福多朗の卒業を書きますので読んでいただければ幸いです。途中、保護主としてみっともないくらい未練がましい部分もさらけ出しますが、ひとりの人間としての感情なのでお許しくださいね。

福多朗のお届けは2月末日でした。

MIHOさんが付き合ってくれました。その日ゴンタのシャンプーを手伝ってくれる約束だったのです。ひとりで行こうと思ったけど、MIHOさんが一緒でよかったです。

私の気持ちは皆さまに見透かされていたでしょう。

福多朗を手放すのが、もう、きつくてきつくて。

隠せないかもしれないけど、せめて理性は残したかったのであまり触れませんでしたが、心臓が割れそうでした。うちより幸せにしてくれるお家に出すことが一番だと頭ではわかっていても、卒業を考えただけで気が狂いそうで。

お見合いの時、私はすでにご夫婦に運命を感じていました。

だけど、だからこそ自分の未練とどう闘ったらいいか、苦悶しました。

こんな活動はやめたい。

やめてしまえばキャパを考えずに福多朗と暮らせる。

福多朗の存在が、自分の中で大きくなりすぎているのを痛感しました。

憎らしいほどかわいくて仕方ないのです。

ハンデを抱えているからかもしれません。あるいはそのハンデを自分が作ってしまったからかも。福多朗を保護した場所を通る時は今でもドキドキします。血だらけの福多朗の姿が脳裏をよぎります。一種のトラウマ、ですかね。

9月28日に保護してから半年になりますが、その間にいろんなことがありました。命をかけた断脚断尾手術、2回にわたる骨盤矯正手術、通院、リハビリ、家族募集、お見合い、トライアル、卒業。どれも濃い思い出です。きっと死ぬまで忘れないでしょう。

どこにいても、福多朗を愛しています。
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福多朗への未練を少しずつ消化し、今は晴れやかな気持ちです。
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出会えて本当によかったし、里親さんに福多朗の命のバトンを手渡せて本当によかった、と。私の未練が大きくてご迷惑をおかけしたかもしれませんが、深い理 解を示してくださったお二人のおかげで、離れていても福多朗を感じることができます。福多朗への思いを共有することができます。どうもありがとうございま す。

そして、実は里親さんのお宅が我が家から車で15分の距離なのもうれしいです。いいでしょう? 長くなりましたので、詳しいご紹介は次回にしますね。

お届け後、里親さん宅を一歩出たら急に気が抜けました。でも心臓は痛いままで。MIHOさんの手前、我慢するはずでしたが、とうとう涙腺が破裂し、引かれ そうなくらい泣きました。泣いても泣いても涙が止まらず、MIHOさんもオロオロ。そしてなぜかMIHOさんも泣いてました。

「なんでMIHOさんが泣くの?」

一瞬我に返ってキョトンとしたけど、MIHOさんが泣いているなら私も泣きやすいとまた泣きました。駐車場に着いても、車のエンジンをかけても、涙は止まりませんでした。泣きながら運転して家に戻り、黙々とゴンタを洗いました。

納得できる里親さんに巡り会い、幸せになれると信じての譲渡。

だから後悔はありません。

いずれこの涙も、胸の痛みも、緩和されるはず。

今はまだ苦しいけれど、それだけ福多朗に心を注いだ証だから、素直にこの痛みを持っておこうと思いました。

あれから1か月経ち、まだ時折チクッとうずきますが、あの時がんばって譲渡してよかったと言い切れます。皆さまには、消化してからお伝えしたいのもあり、UPが遅くなりました。

福多朗は卒業しましたよ。幸せになれると思います。すごく。
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だらだらと私の未練におつきあいくださり、ありがとうございます。見苦しいことも書いてしまいましたね。ごめんなさい。次回はお届けの様子と最近の福多朗をお送りします。悶絶の写真も届いています。

お楽しみに!
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LOVE!

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