それから


今日は谷中墓地の周りをあても無く歩きました。

とても暑くて、体の底から夏が嫌いになったと実感しました。
かつの尻尾の一部の骨と爪をカプセルに入れてもらったので、かつも一緒です。

かつのお線香を買って、ブラブラあるいはよたよたと家路に着きました。

家に居ても地獄だし、外へ出ても救われません。

亡くなった日からずっと、パソコンを戸棚の一番奥にしまいこんで、何もかもから目を伏せる毎日を過ごしてきました。そして愚か過ぎる私は、「かつくんご飯よ。」とつい口に出してしまいます。お返事は勿論ありません。虚しい空気だけが辺りを満たします。

あまりにもきつい最期だったので、まだ書けません。
死に顔も酷く、安らかな永遠の眠りとは程遠いイメージでした。
かつの死に顔を見た人は10人。
誰一人「安らかなお顔」とは言いませんでした。

もしそんなことをお世辞で言われたら「どこを見てそう思ったのか?」と問い詰めたかもしれません。それ位苦しみを背負った死に顔でした。

かつを燃やす時、私は火葬場へ行くか迷いました。
Kさんはやめておきなさいと言ってくれました。

私は行きました。
最後に抱っこしてあげてくださいと言われ、コチコチに凍ったかつを抱くと、焼かれる釜へ放り込むことが困難で、そのまま火葬場の外へ逃げ出したい衝動に駆られ、それも叶わないと知ると、コンクリートの床に頭をつけて、よだれをながして泣きました。

小さな骨壷に収まって帰ってきたかつを抱いて、そのまま病院へ向かいました。
最後の診察の時のお金を払うためです。会計を済ませる時間さえ、苦しみ悶えるかつには無かったので、お金はいつでも良いと言われていました。

院長先生に骨壷を見せると合掌してくれました。

会計してくれた看護士が私に「落ち着いてからでも良かったんですよ。」と言ってくれたので「いいえ。この子の為にお金を払うのもこれが最後だと思うと、ちゃんと来なければと思ったものですから。もう、かつのためにお金を払うことも出来なくなるから」と言いました。

そしたら受付の看護士さんがぼろぼろ泣くので、私も崩れるように泣きました。

帰ってからの数日のことは良く覚えていません。
どのような週末を送ったのか、どのようなことを口にしたのか、今思い出そうとしても思い出せません。何処に居ても居所が無く、私は身の置き場を探さなくてはなりませんでした。

そして心臓が破れてしまうようにドクドクと動き、呼吸困難に陥る。木曜食べたのを最後にご飯が受け付けず、ようやく眠ると足をそぎ落とされる感覚に悩まされ、他にもここに書ききれないほど沢山の症状が私を蝕み、ついに、チチに連れ添ってもらって、精神科を訪ねました。

「適応障害」

何だか訳の分からない病名ですが、精神安定剤を処方され、それを飲んでボーと過ごす事を楽しみに生きています。私が行った精神科は皮肉にも、かつの通院時、毎日車で通った場所で

「かつくん、面白い建物だね。あれなんだろうね。」と話しかけていた場所でした。

これからは、毎週1度診察に行かなければなりません。

私は肝臓が悪いので、10年前にお酒をやめました。
それまでは、イメージと合うか分かりませんが、毎日浴びるほど飲みました。
10年間、いい事ばかりではなかったけど、お酒に手を伸ばしてこなかったのは、ささやかな自慢の一つ。けれど、かつの闘病が始まった6月からは、驚くほどお酒に頼る毎日を過ごしてきました。

お酒に答えを求めて飲みました。

答えなど、一つも得られないことを知りながら。

自分のことばかり書きましたが、ベベはとてもいい子です。優しく寄り添ってくれて、泣けば何処からでも飛んで来て、私にチューの嵐をプレゼント。

ナナはおとなしくて手がかかりません。ババ(母親)の家に泊まりに連れて行くと、特別扱いされたのが嬉しいのか、いつまでも笑いました。

リルはかつのお骨に向かって何度も何度も吠えて、何かを話しかけていましたが、私は何を話していたのか分かりませんでした。

ハハ妹は、私と共にかつを看取り、抱き、泣き、分骨した爪と尻尾の骨を愛しそうに抱いてOLを続けています。

チチは、ボロボロです。
703号室のブログを読むことが出来ず、あまり無邪気に笑わなくなりました。笑っていることすら罪だとばかりに何となく仕事を続け、家に帰って子猫の世話に追われています。

お世話されている水頭症の子猫、輝一(キイチ)ですが、名前を「ほほ」に変えました。チチが名前に意味を持たせるのは嫌だと言った為です。
ほほは、猫らしい動きが出来ず、トイレもジャンプもそれから歩くのも困難な状況でしたが、毎日投薬を続け、世話を続けて何とかトイレを覚え、少しだけなら歩いたり鳴いたりできるようになりました。

今月中にもう一度診察してもらって、里子に出せる状況かどうか見極めてもらうつもりでいます。もしかすると、ほほも又、短命かもしれない。それを踏まえて、先生と相談して今後のことを決めようと思っています。

生きている時から応援してくださった方々。
励ましのコメント、お手紙、メッセージ、様々な情報、プレゼント、お気持ち、おやつ、サプリメント、お灸等をご提供頂いた方、又お貸し頂いた方、本当にありがとうございました。

かつの死を悼んでくださった多くの方々。
お花や、お花代、プレゼント、お手紙、メール、コメント、メッセージ、ありがたく頂戴いたしました。個別にお返事したり、お返ししたい気持ちでいっぱいですが、今はまだ出来ません。どうか許してくださいね。どうかお許し下さい。

この場をお借りして、お礼差し上げます。
本当にありがとうございました。

亡くなる5日前のかつ。吐きっぱなしで動くことも出来なくなっていました。


この次の日から本格的な地獄を味わうことになりました。


それでも、最期まで立派に生きましたよ。


本当に立派でした。

「ハハがもうすこち、落ち着いたらあたし達の写真や楽しいお話も載せてくれるって。皆さま、又良かったら遊びに来てね。皆で待ってます。」

「まだ新しいキャラを用意してません。もうしばらくかつくんのお顔をクリックしてくださいね。お願いします。」
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