迎えに行くまで


もう明けてしましましたが、8月10日はかつの命日でした。

かつがいないのに、かつを求めてばかりの2年間。
あの夏がひどく暑かったせいで、私は夏が嫌いになってしまいました。

私からかつを奪い去った病魔が憎い。
今でもかつのあの闘病が生々しく脳裏にこびりついて離れません。

「かつくんのお陰で猫が好きになりました」

こういうメッセージを頂く度に思います。

私だって同じ。

かつくんに惚れ込んでしまったからこそこうして猫漬けの日々を送るようになったのです。

小さな頃「無口」だったかつは、徐々に心を開いてくれて、可愛い仕草や、今から思い起こせば、なんとまあ、愛しいいたずらの数々を繰り広げてくれました。 元気な頃のかつは、そりゃもう、表現しがたいほど自慢の子でした。けれど、私がかつの本質を知ったのは、皮肉にもかつが病に倒れてからだったのです。

病魔と闘うかつは、私にあらゆることを教えてくれました。

痛くても苦しくても、かつは絶対に諦めませんでした。

愚痴もこぼさない。

かつくんは最期まで、淡々と振舞いました。

脆いくせに、強かった……。

かつくん、これが生きるってことなのね。
かつくんの生き様は、切ないよ……。

かつの動作の全てをはっきりと覚えている私は、今になってもよく、“あの頃”にタイムスリップしてしまいます。

自宅に設置した酸素室内のかつ。
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かつが生きた最後の夜。
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小さな亡骸。
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誰か教えて。
どうして私はこんなにも、かつを愛してしまったのでしょうか?
2年も前にかつを失ったのに、ただの一日も、かつを考えない日がないのが辛いのです。

亡くなる3日前のかつ。
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この写真は、思い出作りの為に撮りました。
もうすぐこの世から居なくなってしまうことが分かっていたからです。
目の前のかつを失ってしまうかもしれないと思うだけで震えが止まりませんでした。
全てのものが憎らしかった。
消えてしまいそうな、かつすらも。

かつくん、会いたいよ。

お母さんかつくんをギューしたい。

かつくん「ハハ、完全にストーカーだね。でもぼくは思うんだよね。
ぼくが駆け抜けた時間の全てが、誰かの心の中に残っていることこそ、ぼくの証だから、元気なぼくの姿を見て和んだように、病と闘うぼくの姿も、それはぼくの一生のうちの大切な一部だと受け止めてほしい。

ハハは受け止めようと努力をしているけれど、それでもぼくを思う気持ちの大きさに負けて、折れそうになることがある。そんなときぼくはこう囁くの。

『ぼくが先に場所を取っておくから、ハハは精一杯自分に残された時間を生きて、ぼくのように全てのことに対して真摯に向かい合って、自分が正しいと思うことを貫いて、こっちへおいで。ぼくが必ず迎えに行くから』と。

ハハの本、それでも人を愛する犬をよろしく!

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かつくん なな

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