悲鳴


今日私は、八百屋へ向かう主婦のように千葉県の動物愛護センターへ向かい、籠の中に入れられた沢山のいのちの中から、まるできゅうりを選ぶように、3頭の子犬を選んできました。

処分される犬達の部屋を通って。

未来のない、沢山の犬猫たちに挨拶されて。

籠に入っていたのは、きゅうりやナスではなく、犬であると忘れそうになってしまいました。それ位無造作に集められた彼らをどうか知って下さい。

こういうことを書くと、センターへ非難が集中しますが、センターで働く人は微塵も悪くない。悪いのは、不妊手術を怠った人間だけ。

ゴミのように捨てた人間だけ。

犬たちは悲鳴をあげ続けています。
猫たちは悲鳴をあげ続けています。

ぼくを捨てないで。
ぼく一生懸命いい子になるから、どうかぼくのそばにいて。
ぼく、何でもするよ。
あなたの為に出来る事は全部やる。
だからお願い、傍に居て。

罪深い私はその悲鳴を聞きながら、自分のキャパを考えなくてはならず、2頭が限界と思っていましたが、職員さんが籠の中から3頭目を抱き上げたので、2頭までしか無理ですという言葉がどうしても思いつかず、そのまま3頭連れて帰りました。

職員さんが選んでくれた3頭。
生きるチャンスに恵まれたたった3頭。

小さな小さな犬。
でも犬。
それは犬。
犬は生きていて、犬はいのち。
人間と同じ、いのちを授かって生まれた犬。
人間がゴミではないのと同様、彼らもゴミではなく
人間が溢れるいのちを謳歌したいのと同じ、彼らもただ生きていきたいと願っています。

ご自分の愛犬愛猫と、センターで処分を待つ犬猫たちは同じいのち。


彼らも家族を探していて、
彼らも生きていきたいと願い続けています。

この子達は、明日の朝か週明けにはもうこの世には居ません。


それを知った上で、私はそこへ置いてきました。
そしてもっと沢山の事を知っています。
平日は毎日ガス室がフル稼働し、子犬も子猫も若犬も若猫も、病犬も病猫も老犬も老猫も殺処分される。毎日。それは毎日。毎日。毎日。毎日。毎日。

犬のぬいぐるみやマグカップは飛ぶように売れるのに、そのモデルになったこの愛しい生物は、聞いてはもらえない悲鳴をあげ続けて、この世から消されてしま う。かつのように、生きたくても病気に侵され叶わない子もいれば、病気など一つもないのに生きることを許されない子も居る。どうか知って下さい。

私のように知って下さい。

知って私を叱って。

もっといい方法があるのにバカ、と私を叱って。

全部を助けてやれる方法があると私に教えて。

いい方法を教えて下さい。

私が連れて帰った3頭。


ゴミの回収のように犬猫を定点回収する習慣がまだ地方には根付いています。その「定点」からトラックで一箇所に集められた乳飲み子達。母親から引き離され た時間が長ければ長い程、弱っています。家まで持たないかもしれないと思いましたが、何とか連れて帰って来れました。今日はチチに代わって、タロの里親さ んが連れて行ってくれました。お陰で運転せずに帰りの車の中で子犬達を暖めることが出来ました。暖める布が濡れてしまったので、最後は洋服を脱いでキャミ ソール一枚になりました。

体温が下がっていますが、今現在、まだ頑張って生きています。

生き延びて欲しい、生きるという事の喜びを味わう大きさまで、スクスクと育ってほしい。

生きてほしい。

しばらく子育てが忙しくなるので(笑)、更新やコメント返しがちょっと遅れるかもしれません。お許しを。

「色んな人に知ってもらいたいのでぽちっと押して、応援して下さい。ぼくにそっくりの子猫が運び込まれたのをハハはただ見ていたけど、どうすることも出来 なかったんだって。バカだね。ぼくの生まれ変わりかもしれないのに・・・。でも皆さまが知ってくれると、そこからどうにかできる方が増えて、犬猫たちに明 るい未来が開けると思います。ぼくは甘いでしょうか。。。」

703号室かつくん

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