まーもが逝きました


追記:あたた かいコメント、ありがとうございます。今日、まーもはお骨になります。まだ気持ちの整理がつかず、哀しいですが、皆さまにお願いがあるのです。まーもにい くつかキレイなお花が届きました。まーもを彩ってくれて、嬉しいです。だけど、これからお花を送って下さろうとする方がいらっしゃいましたら、もうお花は 十分ですので、辞退させてくださいませ。花より団子と言う言葉ははしたないかもしれませんが、被災地で苦しんでいる子たちのフードや、団体または個人で活 動している方へのご寄付にまわしていただければ、まーもの後輩たちの活路が開けます。私も実は昨夜また1匹猫を保護してしまいました。計2匹新たな子がい ます。2匹ともこれから不妊手術なども行わなければないので、もっと忙しくなるでしょう。お花は生ものですので、マンションの宅配ボックスに入れておくわ けにはいきません。皆さまのあついお心だけ、ありがたく頂戴します。

21日、夜中の2:45まーもが逝きました。

急だと思った方もいるでしょう。

でも、変な言い方ですが、私たちにとって、その旅立ちの潔さがせめてもの救いでした。

吐き気がおさまらなかったのは、一晩だけで、月曜の朝、ちがう種類の制吐剤を病院で注射してもらってからは、吐き気がピタッと止まりました。病院から帰った後、しばらくして少し神経症状があらわれましたが、穏やかで、呼吸も安定していました。

私はバイトへ行くまでずっと寄り添っていました。1分たりとも離れられなかったから。

その後、ハハ妹と交代し、ハハ妹が約4時間、まーもに付き添いました。途中で、何度も写メールを送ってくれたので、私もなんとか仕事をこなせました。

ハハ妹からチチにバトンが渡ったのは、夜の8時過ぎくらいだったでしょうか。

チチの寝室にいたまーもは、シャワーを浴びていたチチのところまで、這って追って来たそうです。早くしろと、迎えに来たのでしょう。チチと離れたくなくて。

バイトを1時間早く切り上げ、家に帰ったのは、深夜12:00前後。

それからはチチとふたりで、まーもに付き添いました。

私たち夫婦に囲まれたまーもは、最後のがんばりを見せ、この世を去りました。

私が恐れていた肺水腫も、脳痙攣も起こさずに。

不謹慎な言い方かもしれませんが、まーもは近い将来、いずれ死ぬと知っていました。知った上で、703号室に迎え入れた猫でした。よって私は、最初から、 まーものQOLしか頭になかったです。どんな生き方をさせるべきか、どんな最期を迎えさせるべきか、狂うほど考えました。だからそういう観点から冷静にみ れば、白血病や慢性腎不全を患ったまーもが、さほど苦しまずに逝けたことは、理想的であり、不幸中の幸いだったようにも思えます。

だけど、いくら毅然を振る舞おうとしても、心を鞭で打たれるように痛い。

まーもを失った喪失感、まーもの存在の大きさが痛いです。

まーもの手袋をしたような白いお手手、ウリ坊っぽい後頭部、常に輝きを失わなかった大きな目が好きでたまりません。声も仕草も、実は意外とおしゃべりなところも、全部かわいいです。

まーもにはもう、「ありがとう」の一語しかありません。

本当になにからなにまで、教えてもらいっぱなしでした。

まーもを愛してくださった皆さまへ。

まーもを支えてくださった皆さまへ。

皆さまの前途が、潤いますように。

今までどうもありがとうございました。

703号室より両手いっぱいの感謝を。

猫の捕獲などもあり、丸3日間、ほとんど寝ていないので、疲れてしまいました。ちょっとだけ、休ませていただきます。落ち着いたら未公開のまーもの写真をUPしますね。

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